スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Malay Dilemma(1)

中場三十次です。

今、マハティール元首相の書いたマレージレンマという本を読んでいます。
マハティールは日本でも有名な政治家で、ルックイースト政策を推進し、日本を見習うことで経済発展を図り、そして成功した政治を行ったことで有名ですが、マレー人優遇の強化につとめ、イスラム教を国教にした政治家でもあります。

マレーシアに来て、まず気がつくのはこの国の民族の多様性です。マレー人、インド系、中国系にわかれ、喫茶店でも中国語や英語、そしてマレー語が飛び交います。

実に異国情緒あふれる国です。そしてそのことがこの国を特徴づけ、政治や経済にも反映してきました。

マレー人は経済的に劣位な立場におかれ、経済を牛耳ってきたのは華僑です。ショッピングモールにいくと、お店を経営しているのは中国系、トイレ掃除や警備員をやっているのはマレー系が多いことからも、なんとなくそのあたりの事情がうかがわれます。

とはいえ、マジョリティを占めるのはマレー人であり、政治家はマレー人優遇政策を推進し、今、その弊害が目立ちつつあるので、その撤廃をするか否かに注目が集まっているのです。(くわしくはここ

さて、そのルーツからマハティールは解説しはじめます。マレーシアは海洋国家であり、海辺から発展してきました。
そこにインド人やアラブ人がやってきて、交易のかたわらイスラム教を広めました。そして彼らは土着化していったのです。
 そこへやってきたのが、華僑です。商売が巧みで、生産的な行動が得意な彼らは、やがて、地元のスルタンと組んで経済力を牛耳っていきます。マレー人は中国系と積極的に交流はもたず、インブリーディングといって、いとこ同士の結婚などが多かったようです。一方中国系は、都市に住み、どんどん他の民族とも交流し、結婚するなどによって、インブリーディングなどは行われませんでした。マハティールはここにマレー人の遺伝的な弱さを主張したいようです。

さらに、ヨーロッパの植民地化が始まると、華僑は彼らと上手に組み、植民地支配を助けるような行動をとったようです。マレー人は植民地経営に価値がないと見られたようで、都市からますます地方に移り住むようになり、経済的政治的に実権がないようになりました。

その後、大戦の終わりとともに、マレーシアは独立を果たしましたが、マレー人と中国系の融合は特にすすまず、中国系は相変わらず経済的な実権をもち、それに不満をもったマレー人の民族運動が69年に勃発し、それが契機となって、いわゆるNEPが導入され、特にマレー人の貧困の撲滅対策がはじまったのです。(くわしくはここ

ランキングはいま何位?
にほんブログ村 海外生活ブログ マレーシア情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村

にほんブログ村 英語ブログ 語学留学へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ


スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。