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マレーシアの観光事情

中場三十次です。引き続き、この本を読んでいます。観光事情について読みました。

マレーシアは、位置的には東南アジアの中心にあり、インドネシアやタイ、シンガポールといった大国に囲まれ、さらに中国、インドもそれほど遠いところにあるわけではありません。

古くから海上交通の要衝であり、自然に恵まれ、さらに人々は英語をしゃべり、親切な民族性です。

こういうことから、独立当初はあまり注目された産業ではなかったですが、近年では、観光産業は製造業についで2番目にGDPに貢献するセクターとなりました。

これを可能にしたのは、政府の観光に力を入れるという政策と、道路や空港などのインフラ整備、エアアジアなどローコストキャリアの貢献が大きいとのことです。

航空産業なんて日本のように人口、経済規模とも大きい国でもナショナルフラッグである日本航空が破たんするような難しい産業なのに、マレーシアは日本以上に航空会社があり、これは過当競争だろうと思っておりましたが、この国における観光産業の存在感を知って、納得しました。

観光は、地理的条件がよければいくらでも開発が利く産業なので、これからも成長するセクターだと思います。たとえば医療を発達させて医療ツーリズムを展開するとか、高等教育を発展させてアメリカのように多くの留学生を受け入れるとか今まで答えてこなかった需要を開発することができると思います。

そういう意味ではマレーシアは立地に恵まれています。たとえばインドや中東からの観光客はマレーシアにとどまらず、その後シンガポールにいったりフィリピンに行ったりということもできるのです。

日本はこれから成長するであろうアジアからあまりにも東にあり、そういう意味では国際観光客の呼び込みというのは難しい位置にあるのかもしれません。

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Malaysia At50&Beyond

中場三十次です。

マレーシアにいるうちに、マレーシアの社会について知っておきたいので、この本を読み始めました。独立50周年を迎えたので、マレーシア社会の様々な事情、農業や通信、観光、都市化などの事情につき整理し、今後の展望を探るというような内容です。

50周年記念

今日は1章から3章まで、環境問題、農業、観光についての内容でした。

環境問題については、マレーシアも他の国と同様、環境問題に取り組んでいますよ。という内容でした。

農業については、独立当初は産業の中心で、特にゴムが農業の中心であったが、近年はパームオイルなどに産物も多角化し、生産性を高めるべく、補助金などでてこいれしてきたこと。

産業構造の進展のため、農業から他の産業に労働力が移動し、輸出用作物では、移民労働者に頼りつつあること。なお、米などの食糧よりも輸出用作物のほうが作付面積は大きく、特にパームオイルの生産量が最大であること。

食糧の自給は安全保障にもかかわることなので、自給率を高める努力はしているが、なかなか難しい状況であること。

近年の小売の巨大化は、農業に効率的な生産をもとめ、零細農家は圧力を受けていること。

などが主な内容でした。

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Malay Dilemma(3)

中場三十次です。

なかば強引に、マハティール元首相の書いたこの本を読み終えました。英語自体はそれほど難しくはなかったのですが、使っている単語が難しく、辞書を引くのがめんどくさかったです。

それと、内容が外国人の私には重く、難しかった。たぶん、マハティールの言いたいことの半分も理解していないと思います。

この本は、私にナショナリティ問題の難しさについて気付かせてくれました。

日本であれば、まわりにいる人はほとんど日本人、日本語を話し、日本語で教育を受け、自分は日本人であるということについて特に意識しなくても、当然の前提として生活し、君が代・日の丸が問題になったりすると、大騒ぎする問題かと思ったりするのですが、

ここマレーシアでは、マレー人が多数派ながら経済的にはマイノリティな立場にあり、英語、中国語がよく話され、本屋に行けばマレー語の本よりも英語や中国語の本のほうがよく売れています。中国人やインド人、欧米人なども存在感があります。

マハティールはこの本で、このマレー社会の特殊性を他国と比較しながら、マレー人中心の社会に取り戻そうと訴えたかったでしょうか。
教育については、英語や中国語が多く使われる教育から、マレー語中心の教育にし、マレー人のアイデンティティを訴えたかったのでしょうか。

ナショナリズムを訴えたい本だということはわかったのですが、私は、このグローバル社会において、へんにマレー人のナショナリティを強調して、たとえばマレー語だけで教育を行うとかにしないところに、外部環境に左右されてきたマレー人のしたたかさを感じてしまうのです。


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Malay Dilemma(2)

中場三十次です。

引き続き
、マハティール元首相が書いたMalay Dilemmaを読んでいます。

彼は日本を見習おうというルックイースト政策を推し進め、97年のアジア危機でも、固定ドルペッグというある意味強引な政策をとって、経済危機を切り抜けたという強いリーダーシップを発揮した日本でも有名な政治家ですが、その政策は、マレー人優遇政策をすすめたことにありました。

この本の中で、マレーシアはマレー人が大半を占めるのに、なぜマレー人は劣位な立場に立たされているのか、歴史から振り返って分析しています。

日本人は政治家の悪口や将来への悲観はいいますが、自国民族の国民性を悪いとはあまりいいませんので、そういう意味では驚きだったのですが、マハティールは、マレー人の国民性は、他民族に比べて劣っていると言いたいようです。すなわち、easy-goingでtolerantだと。だから、勤勉(とされていた)日本人を見習おうという政策をとったのかもしれません。

マレー人は歴史的に他国民との融合がすすまず、インブリーディングが多く、劣った性質が遺伝していく、さらに、経済を牛耳っている中国人に比べ、ビジネスがうまくできず、イギリスの植民地化においても、うまく立ち回ることができなかった。

結果として、マレー人はますます地方に追いやられ、都会は独立後も中国人が中心にしきり、マレー人が都会で仕事にありつくのは難しかった。

中国人のビジネスのスタイルである、地縁・血縁を重視するという排他的なビジネススタイルも、マレー人が仕事につく機会を妨げた。

マレー人は地方に多く住んでいたので、いい学校で教育を受ける機会にも恵まれなかった。都会にはいい学校があり、非マレー人の学生のほうが多くこれらの学校に通うことができ、ますますマレー人を経済的に恵まれる立場にさせることを妨げた。

もちろん、法律はマレー人、非マレー人に関係なく平等に機会を与えているが、現在でもマレー人が劣った立場にあるのは、制度の問題ではなく、これら歴史的、社会的な要因があり、さらにその遠因はマレー人の民族性にあると主張したいようです。

マレーシアはブミプトラ政策というマレー人優遇政策があり、それがときに外国企業から敬遠される原因になったりするのですが、マレーシアの経済を理解するうえで、このような歴史的経緯や社会の特徴を把握することは大事なことだと考えています。

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Malay Dilemma(1)

中場三十次です。

今、マハティール元首相の書いたマレージレンマという本を読んでいます。
マハティールは日本でも有名な政治家で、ルックイースト政策を推進し、日本を見習うことで経済発展を図り、そして成功した政治を行ったことで有名ですが、マレー人優遇の強化につとめ、イスラム教を国教にした政治家でもあります。

マレーシアに来て、まず気がつくのはこの国の民族の多様性です。マレー人、インド系、中国系にわかれ、喫茶店でも中国語や英語、そしてマレー語が飛び交います。

実に異国情緒あふれる国です。そしてそのことがこの国を特徴づけ、政治や経済にも反映してきました。

マレー人は経済的に劣位な立場におかれ、経済を牛耳ってきたのは華僑です。ショッピングモールにいくと、お店を経営しているのは中国系、トイレ掃除や警備員をやっているのはマレー系が多いことからも、なんとなくそのあたりの事情がうかがわれます。

とはいえ、マジョリティを占めるのはマレー人であり、政治家はマレー人優遇政策を推進し、今、その弊害が目立ちつつあるので、その撤廃をするか否かに注目が集まっているのです。(くわしくはここ

さて、そのルーツからマハティールは解説しはじめます。マレーシアは海洋国家であり、海辺から発展してきました。
そこにインド人やアラブ人がやってきて、交易のかたわらイスラム教を広めました。そして彼らは土着化していったのです。
 そこへやってきたのが、華僑です。商売が巧みで、生産的な行動が得意な彼らは、やがて、地元のスルタンと組んで経済力を牛耳っていきます。マレー人は中国系と積極的に交流はもたず、インブリーディングといって、いとこ同士の結婚などが多かったようです。一方中国系は、都市に住み、どんどん他の民族とも交流し、結婚するなどによって、インブリーディングなどは行われませんでした。マハティールはここにマレー人の遺伝的な弱さを主張したいようです。

さらに、ヨーロッパの植民地化が始まると、華僑は彼らと上手に組み、植民地支配を助けるような行動をとったようです。マレー人は植民地経営に価値がないと見られたようで、都市からますます地方に移り住むようになり、経済的政治的に実権がないようになりました。

その後、大戦の終わりとともに、マレーシアは独立を果たしましたが、マレー人と中国系の融合は特にすすまず、中国系は相変わらず経済的な実権をもち、それに不満をもったマレー人の民族運動が69年に勃発し、それが契機となって、いわゆるNEPが導入され、特にマレー人の貧困の撲滅対策がはじまったのです。(くわしくはここ

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